大人になってからの英語学習は聞き流さない

大人になってからの英語学習では、音の聞き分けの基礎を学ばずにただ英語を聞く「英語聞き流し」は逆効果になることもある、という話しです。

もう一度臨界期のおさらい

さて、前回は「その言語に触れていれば自然と母国語同様に話せるようになる」という時期が小さい頃にあり、それを臨界期と呼ぶことを書きました。臨界期という恐ろしい響きからもわかる通り、この時期には終わりがあり、これを過ぎると母国語並みに言語を習得するのは極めて困難になります。

「いや、臨界期など無い、何歳になっても母国語並みに外国語習得可能!」という説もありますが、それを唱える人でもたいていは「でも、やっぱり楽に言語が習得できる時期はあるよね」と言っており、その時期を「敏感期」と呼ぶこともあります。(ちなみに、臨界期はcritical period、敏感期はsensitive period。)

臨界期・敏感期はだいたい思春期で終わり、と理解されていますが諸説あり、さらに言語能力を細分化した臨界期の分析もあります。

たとえば言語能力のコンポーネントにはこんなものがあります。

  • 音素:言語を構成する個別の音
  • 形態素(の変化):活用や派生語など、同じ語幹を変化させること。「早い」という形容詞を「早さ」にすると名詞になる、とか。
  • シンタックス:言葉の配列、文法。プログラムを書く方にはおなじみだと思います。

こうしたルールは極めて複雑ですが、母国語であれば誰でも自然に理解できるものでもあります。たとえば日本語の形態素の(やや有名な)例では:

「青」→「青い」「赤」→「赤い」

でも

「緑」→「緑い」

とはならない。

「どうして」と聞かれても答えられない人がほとんどだと思いますが、「それが変だ」ということは誰でもわかります。

また、たとえば、「しなければならない」の逆は「しなくてよい」になります。「しなければなる」にはなりません。

言語にはこうした複雑なルールがたくさんあるわけです。

そして、音素、形態素、シンタックスなど、それぞれのコンポーネントの臨界期を別々に調査した論文も出ていますが、特に音素について早めに限界が来ることを指摘するものもあり「1歳まで」などという劇的な観察もあります*。

(私の周囲の人たちをみていると、さすがに1歳はないと思いますが・・・。Yahoo共同設立者のJerry Yangが台湾からアメリカに移住したのは10歳の時ですが極めてネイティブな英語です。)

大人になってからの聞き流しは成果薄

さて、では、特に早い時期に臨界期が終わってしまう可能性のある音の聞き取りを大人になってから学ぶにはどうしたらよいのでしょうか。

「赤ちゃんは聞いているだけでその言葉ができるようになる→だからあなたも」的な謳い文句を時々耳にしますが、残念ながらそれでよいのは赤ちゃんだけのようです。

2003年に発表された論文**で、「どういうやり方だと日本人がRとLを聞き取れるようになりやすいか」という実験の結果が発表されています。

大人になってからアメリカに住むようになった日本人を対象に、

1)RとLの聞き取り力をテスト
2)RとLを含む単語を毎日480個、約20分聞く
3)単語を聞くたびに、LかRのどちらと思うかを回答
4)上記2)と3)を3日間行った後に、RとLの聞き取り力が向上しているか再テスト

という流れなのですが、対象を、「普通の録音をそのまま聞くグループ」と、「音声処理でLとRの違いを強調したものからだんだんに慣らしていくグループ」に分けます。さらにそれぞれにつき、毎回正解・不正解のフィードバックがあるグループと、フィードバックなしのグループに分けます。さらに、これ以外に、「3日間の訓練」を全くせずに最初と最後のテストだけをするコントロールグループを設け、全部で5つのグループにしました。

すると、「普通の録音+正誤のフィードバックなし」という、「聞き流し型」のグループでは、聞き取り力に向上は見られなかったのです。

一方、3日間の訓練をしなかったコントロールグループでは聞き取りテストは微妙に向上。これは、最初の聞き取りテストそのものが訓練になったのではないかと思われます。この結果を考慮に入れると、「聞き流し型グループ」では、最初の聞き取りテストで得られた微妙な成果が打ち消され、聞き取り力が悪化したことになります。

つまり、「聞き流したら余計聞けなくなった」わけです。

ヘッブの法則

こんなことが起こる背景には「ヘッブの法則」があると考えられます。ヘッブの法則とは

ニューロン間の接合部であるシナプスにおいて、シナプス前ニューロンの繰り返し発火によってシナプス後ニューロンに発火が起こると、そのシナプスの伝達効率が増強されるというものである。

なんだか難しいことを言っていますが、平たく言うと「2つのものを同時に経験すればするほど、その関連が深まる」。パブロフの犬です。

日本人にとっては、RもLも「ら」の音です。

とはいえ、実際には、日本人をテストしてみると、Lの方が「ら」に近く、Rは「ら」から遠いと感じることが多く、曖昧ながらも微妙な差を感じています**。

しかし、LとRがどう違うかをよく知らないままにRとLを聞き続けると、どちらも「らの脳内バケツ」に入ってしまう。つまり、RとL、両方の音と「ら」の間のシナプスが増強され、最初は感じていた微妙な差さえ打ち消されてしまう可能性があるのです。****

ではどうしたらよいのでしょうか。

上述の調査では、「普通の録音を正誤のフィードバックつきで聞く」のが最も良い結果となりました。「音声処理でLとRの違いを強調したものからだんだんに慣らしていく」というアダプティブな訓練方法よりも、「正誤のフィードバック」の方が強く成果に結びついています。

以上、大人になってからの英語学習では、まず最初に「音素の脳内バケツ」をきちんと構築することが大事、そしてそれには正誤のフィードバックをきちんと受けることが効果的、ということになります。

聞き分けが簡単な音だけでもリスニング力は向上

なお、「日本人によるRとLの聞き分け」は、外国語研究史上、最も困難な聞き分けの一つ。

「日本人による英語の音素聞き分けの中で最難」ではなく、

「これまで研究対象となった世界の様々な言語を話す人による、その人から見ての外国語の音素の聞き分けの中で最難」

です***。最強です。

ですが、RとL以外は、並べて聞けば「それは全然違うでしょ」という感じの音がたくさんあります。

例えば

ロースクールの

law

ローエンドの

low

カタカナにしたらどちらも脳内では「ロー」になってしまうと思いますが、聞いてみて「全く違いがわからない」という状態ではないはず。

もう一つ:

ソースコードの

source

お好み焼きソースの

sauce

こちらも同じく、「違いがあるのはわかる」という感じのはずです。

この手の「取りあえず違いが聞き取れる音の聞き分け」ができるようになるだけでリスニングは大いに向上します。

臨界期を大幅に過ぎてしまっても聞き取れる音はたくさんあります。聞き取り訓練で「脳内音素バケツ」を作ってみてください。

 

*David Singleton The Critical Period HypythesisL A coat of many colours 2005に、それまでの調査の臨界期まとめが載っています。

ちなみに「語彙」というのもありますが、これは何歳ではじめてもかなり大丈夫な模様です。

**McCandliss, Fiez, Protopapas, Conway, McClelland: Success and failure in teaching the [r]–[l] contrast to Japanese adults: Tests of a Hebbian model of plasticity and stabilization in spoken language perception

***Kota Hattori and Paul Iverson: English /r/-/l/ category assimilation by Japanese adults:
Individual differences and the link to identification accuracy

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